本研究は、次世代の免疫医薬として期待されるアジュバントの開発研究(有効性)および審査行政(安全性)に寄与するバイオマーカー探索可能なデータベースを構築することを目的とします。
「アジュバント」という言葉をご存知でしょうか?ワクチンという言葉や概念をご存知でも、アジュバントという言葉や概念はあまり聞いた事がない、という方がほとんどと思います。
アジュバント(Adjuvant)とは、ラテン語の「助ける」という意味をもつ 'adjuvare' という言葉を語源に持ち、ワクチンと一緒に投与して、その効果(免疫原性)を増強する目的で使用される物質(因子)の総称です。アジュバントの開発研究の歴史は80年以上とそれほど新しい医薬ではありませんが、なぜアジュバントが効くのかといった研究は最近まであまりさかんではありませんでした。アジュバントはワクチン抗原を体内で安定に保持し、ゆっくり放出する(徐放効果)を担う程度と考えられ、免疫学的には 'Immunologist's dirty little secret' (免疫学者のちょっとした秘密)と揶揄されるほど実際のメカニズムは長らく不明でした。しかし、過去十数年にわたる免疫学、微生物学の研究、特に2011年ノーベル医学生理学賞が授与された自然免疫、樹状細胞の研究が起爆剤となり、アジュバントに関する研究成果が次々に明らかになりました。そのため今までにない、科学的なアプローチでアジュバントの開発が可能になり、次世代アジュバント開発が世界中で激しい競争になっています。
しかし一方で、アジュバントはその起源や作用機序などが多岐にわたり、ワクチンの毒性、特に免疫毒性の原因、遠因になりえます。にもかかわらず、他の薬剤開発に比べその有効性そして安全性の指標がまだまだ未開拓といわれています。さらには、すでに欧米から導入しているワクチンにアジュバントが含まれている現状や韓国、中国、インド、シンガポールなどのワクチン産業、ビジネスの爆発的な発展を鑑みても、日本発のアジュバント開発において、国内外の産学官連携や支援、そして審査行政を巻き込んだ形でのさらなるイノベーションが必要です。
ではこのような状況のイノベーションには何が必要か?高度な技術や科学的知見を駆使して行うのは当然でしょうが、次世代のアジュバント開発におけるもっとも重要な点は、おそらく「安全性」の指標の確立でしょう。有効性の指標も重要ですが、アジュバントのような強い生物活性を持った医薬品は、科学的根拠に基づいた「高い安全性」を示すことが、「急がば廻れ」という意味でも、いいワクチンを世に提供して行く鍵であると考えています。だからこそ、新たなアジュバントの評価方法、指標(バイオマーカー)の構築が、日本だけでなく、世界中で切望されているのです。
上記を踏まえ、2010年秋、(独)医薬基盤研究所を中心として、アジュバント開発研究にかかわる大学、国立研究機関などの研究者、アジュバント開発にかかわる製薬企業や、その審査行政にかかわる機関の担当者などに呼びかけ、「次世代アジュバント研究会」が発足しました。現在(2012年3月)まで約4回の研究会を開催し、アジュバント開発研究の動向や今後の方向性を示唆した専門書を発行しました(2011年8月 CMC出版 参考文献:1)。学会や公開シンポジウムでの講演活動だけでなく、医薬基盤研究所の一般公開でのアジュバント研究の紹介、中高生への出前授業、ワクチン、アジュバントの副作用に関する問い合せへの対応など、アウトリーチ活動にも力を入れています。
そして2012年4月、厚生労働省科学研究費補助金のサポートの下、上記研究会、(独)医薬基盤研究所を中心として、日本各地の大学、国立研究所、試験機関と共同で「アジュバントデータベースプロジェクト」を開始しました。このプロジェクトは始まったばかりですが、各種アジュバントによるヒト細胞や生体レベルでの生物学的反応を総合的に解析したデータベースを構築する予定で、現在その準備を進めています。
この「アジュバントデータベースプロジェクト」の具体的な内容や役割を下記に示します。
- 医薬基盤研究所で作成された世界最高レベルのトキシコゲノミクスデータベース(TG-GATE)を基盤とし、その情報、技術を踏襲しつつも、更なる革新的なデータベースを目指します。
- 医薬基盤研のアジュバント開発プロジェクトチームと同バイオインフォマティクスプロジェクトチームや分担研究グループが互いに連携して、以下の研究を推進します。すなわち、アジュバントによる生体反応を、各種遺伝子発現解析や、最新の免疫学的解析、実際の臨床試験、臨床研究における被験者血清中に存在するマイクロRNAの塩基配列の同定、発現解析を臨床との連携を行いつつデータベースとして作製することを目指しています。具体的な実験内容としては、ヒトの免疫系細胞、マウス等のモデル動物を用いてアジュバント及びワクチンに対する初期反応の遺伝子解析をDNAアレイ(遺伝子発現解析)、マイクロRNAアレイを用いて行う予定です。
- このプロジェクトの参加機関は世界でも有数の、免疫関連遺伝子欠損マウスリソース(大阪大学、兵庫医科大学、北海道大学、東京大学医科学研究所)や霊長類研究センター(医薬基盤研究所)などを擁し、ワクチン、アジュバントの評価法を開発したり、検定を行う機関である国立感染症研究所などを擁しています。
- また、実際のヒトにおけるアジュバントワクチンの臨床試験のサンプル(血清など)を用いて同様の解析を行う。アジュバントのターゲット細胞の解析や、イメージング技術を向上させ、アジュバント(ワクチン)接種後の時空間的変化を安全性、有効性の評価法に昇華させることを目指します。
- 得られた情報はバイオインフォマティクスを駆使しデータベース化して順次公開するとともに、最新のアルゴリズムにより安全性・有効性のバイオマーカーの探索を行う予定です。最終的にはアジュバントの安全性予測システムを開発し、アジュバントの新規安全性評価試験法の開発を目指します。
これらの研究成果を企業との共同研究にて有効性、安全性の向上に早期に還元し、かつワクチン審査行政や予防接種行政の判断基準、すなわち安全性評価法開発やガイドライン作成につなげることが最終的な目標ですが、その目標は、常にワクチンやアジュバントが接種される方々の安全、安心を保障することに寄与しなくてはなりません。また、その成果や得られた知見を、産官学の「次世代アジュバント研究会」を母体として、ワクチン学会や免疫学会、小児科学会などとも協調してメディアや一般消費者に向けた発信していくことが責務であると考えています。